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もう一つ,気になるのは

 自殺サイト殺人事件にかかわって,刑法研究者としては,もう一つ,気になることがある。

 よく知られているように,追死する意思がないのにあるかに装って,被害者の同意を得て殺した「偽装心中」の事例について,わが国の裁判所はこれを刑法202条(同意殺人罪)でなく199条(殺人罪)にあたるとするのだが,団藤・大塚といった大家がこれに従う態度をとることを不当だと非難し,この場合,死ぬことについての被害者の同意には何ら欠けるところがない(精神薄弱者を,一度死んでもまた生き返れると欺き,同意させて殺した場合とは異なる)のだから,当然に202条の問題だとするのが,平野博士以降の有力説であり,近年はむしろ通説となっている。
 しかし,今回のような事件において,たとえ犯罪者の側には自殺の意思は毛頭なく,むしろ快楽のために殺害しようとしているときであっても,被害者には自殺意思があった(と思われる)ことを根拠に,やはり202条を適用すべきだという主張は可能だろうか。──直感的には,かなりまずいような気がする。が,かといってこれを199条とすると,判例の立場に後戻りしてしまうことに道を開くような。
 ちょっと考えてみよう。

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Comments

kawaguchi さんのコメントをいただいたので,自分自身でもちょっと蛇足を。

 最高裁判例となっているケースの場合は,女性の側から心中の話を持ち出され,ずるずると決行場所まで同行したものの,決行時点では既に追死の意思はなくなっていたにもかかわらず,そうであるかに装ったまま女性に青酸ソーダを差し出し嚥下させたのでした。この場合は,したがって,自殺幇助罪か殺人罪かの争いでした。
 今回の場合,自殺サイトにアクセスし行為者(前上)と具体的な自殺方法などを相談し取り決めた「被害者」に,アクセスする前から自殺意思があったとしても,それは具体的なものではなかったのではないか,ではいつ自殺意思を固め,それを行為者に告げたのか── 詳細は不明です。
 指摘で最も重要な点は,おそらく,「一緒に死んでくれないということが死の直前には被害者にわかったはずで、その段階で自殺意思が撤回された(『こんな死に方では死にたくない』)と考えれば殺人を認めることも可能」ではないかということでしょうね。
 いずれにしても,公判の場などで事実経過の詳細が明らかにされるのをまって,もう一度考えてみたいと思います。

Posted by: Kriminalisto | August 20, 2005 at 02:55 PM

この場合の自殺意思とはどの時点の意思をいうのでしょうか?自殺サイトの呼びかけに応じた被害者は、自殺したいという意思はすでにもっていたはずで、その点は自殺意思が行為者によって引き起こされた最高裁の事例とも異なるように思えます。既に決意していた者(omnimodo facturus)には教唆は可能でないとすれば、その行為に対する間接正犯もあり得ないばずです。これに対して具体的に自殺サイトで提案されている方法で自殺を決意したときに初めて自殺意思を認めるとすると間接正犯の可能性が出てくるように思えます。但し法益関係的錯誤説からはこの結論は困難なように思えます。しかし例えば自殺意思があったとしても、最高裁の事例と異なり一緒に死んでくれないということが死の直前には被害者にわかったはずで、その段階で自殺意思が撤回された(「こんな死に方では死にたくない」)と考えれば殺人を認めることも可能だと思います。個々の事例の殺害にいたる経過について詳しく解明されるのを待ってもう一度検討してみたいと思います。

Posted by: kawaguchi | August 19, 2005 at 08:03 PM

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